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セックスの神秘学

鈴木方斬

水曜日 2006年12月6日, によって 男の子

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Texte original http://www.mumyouan.com/o/aa-93.html

ところで、皆さんは、こんな経験はないだろうか??

- ●好きな恋人と服を着て抱き合って、優しく、あるいは激しく抱擁しあっていた時には、
精神的に盛り上がったのに、いざ全裸になって抱き合ったら『何か』が味気ないように、
ふと感じてしまった・・・。

- ●また、全裸で抱擁しあっていた時には幸福感や情熱があったのに、挿入をしたら、
一体感が増すどころか『何か』が逆に物足りないような感じになってしまう・・・。
- ●また挿入して、ただ優しく抱擁しあっていた時には快感があったのに、ピストン運動
をしてオーガズムを迎えたら『何か』が逆に不満が残るものになってしまった・・・。

- ●もっと極端な場合には、離れて見つめあっていたら幸福だったのに、
手をつないだら、何かあまりにも「物体だ」という感触がして違和感を感じる・・・。

◎◎◎◎◎◎◎◎◎

これらの現象は、比較的女性に多く生ずる。むろん男性にも無意識下では生じている。
女性の場合は、肉体の生理的なオーガズムがなくても、ある程度の満足感を「精神的に
」感じるという傾向がある。
一方、男性においては、通常は、なんとしてでも射精に至らねば不満が残りやすい。
しかし女性においては、深い抱擁による満足も可能であり、かならずしもオーガズムを
必要としない場合もあり得る。・・・では、なぜそうなるのだろうか??。

通常のセックスは、

  1. :互いに離れている2つの肉体が、まず触れ合おうとすることから始まる。
  2. :次に、抱擁したものの、やがて服を着たままの抱擁で物足りなくて全裸になる。
  3. :全裸の接触でも物足りなくて、やがて挿入に至る。
  4. :挿入でも物足りなくて、ピストン運動をして最後に射精やオーガズムに至る。

これが普通の『本能的なセックスのプロセス』である事は言うまでもない。

つまり、二人が接触するほどに生ずる「物足りなさの不満」が急速に物質的次元の行為
へと「落ちて行く」のである。だが、もしも、ここで『意識的に」わざと、

  1. :挿入してもピストン運動をあまりせずに、オーガズムに至らないようにし、
  2. :裸体で抱擁しあっても、挿入しないようにし、
  3. :抱擁しあっても、服を脱がないようにし、
  4. :さらには2人が少し離れた場所に向き合っていたらどうなるだろう??。
    つまり、普通の1・2・3・4の段階を逆にたどったら一体どうなるだろうか?。


★エーテル体のセックス

実は、挿入したままで男女共にオーガズムに至らないように「わざと」した場合には、
エネルギーが性センターからは放出できない不満が原因となって、
その一段階上の「腹のチャクラ」から相手の腹部へ放出しようとするのである。
この時、男性の「気」が光のパイプ、又はあたかも「光で出来た男根」のようになって
丹田から突出し、女性の腹部(子宮付近)へ入り込んで行く。

そしてこの状態において、セックスは肉体の合一から一段上の「エーテル体での合一」
へと次元が変わる。ただし男女合一がこの第2身体で完結した満足感に至るためには、
挿入時間が約40分前後かかると見た方がよい。

この時感じる快感は、肉体の刺激としては物足りないと感じられるだろうが、
時間が経過するうちに、物質的な刺激による快楽から、やや精神的なレベルの快楽へと
上昇する。この時女性は自分の腹の内部に、性器でのセックス以上の「迫力」のうねり
を感じる。たとえれば、まるで直径が10センチ以上あるような巨大な男根が自分の腹
に合体したような錯覚を起こすのである。
このレベルのセックスを好む女性は、いわゆる腹の座った度胸のある男性を好む。

■アストラル体のセックス

さらに、抱擁しあっても「わざと」挿入をしないと、
今度は下腹の中枢が不満を訴えはじめて、ついには胸のチャクラでの合一をはかろうと
する。するとお互いの胸の中枢から光線が相手の胸の中枢へと伸び始める。
この時男女の合一は、第3身体(アストラル体)の次元で起きる。

この時、お互いの胸を強く接触させて、胸と胸が解け合うようにイメージするとよい。
ここで感じる快感は、快感というよりも深い一体感への「焦燥」のようなもので、
いわゆる恋愛の時に胸がときめく感覚と同じレベルのエネルギーである。
この時に胸の奥に「やや悲しみの痛みを含んだような不思議な幸福感」を感じる。

胸に張り裂けるような拡大感覚がありながらも、「決して完璧な解放感には至らない」
という苦しみにも似ている。
このレベルのセックスを好む女性は、いわゆるハートのある男性を好むか、
あるいは母性本能をくすぐるような、やや弱々しく繊細な男性を好む。
なお、この第3身体のレベルで完結した満足感へ到達するには10分あればよい。
つまりハートでの合一までは10分で足りるということである。

しかし普通の男女(特に男)はこの次元での交流は10分が限界で、10分を越えると、
もはや挿入の衝動に負けて男根を膣に入れてしまう。
「普通のクンニリングス」や「普通の前戯」なら男性は1時間は続けられるだろう。
しかし『胸同士の交流』を10分も行えば「くっつきたい」衝動がたまらなくなって、
通常は、欲望が下の次元へ落ちてしまうのである。
しかし、それでも10分以上胸の交流を続ければ、ある瞬間に飽和地点があり、
胸の交合だけで完結した満足をするようになる。

***雑談***
なお、この胸のレベル以上でのエネルギー交流は性別や生物の違いには制約を受けない
ので、「同性同士や動物との間でも可能」である。交流方法が、肉体的な性交流や、
単なる「気」の交流にだけ制約されるのは性センターと腹のセンターまでだけしか機能
していない人間の場合である。

これゆえに、同性愛が成立することになる。同性愛者は、性欲よりも先に精神的なもの
によって接続される事が多く、そののちに肉体関係にまで至る。
だから同性愛では、いわゆるプラトニックな側面が大切になると言われるのである。
生まれつきの同性愛者は、単に肉体が同性にしか欲望を起こさないというのではなく、
彼らはそもそも精神それ自体が生まれつき自分の肉体とは反転している。だから彼らは、
同性に対しても、まず心から「惚れる」のであり、単に性欲を感じるだけではない。

また、意識の重心が上にあるほど同性愛者の才能??(資質)を持つことになる。
意識の重心が上にあることと知的である事は、直接には関係はないだろうが、
私が見る限りゲイやレズの人達は、いちように知的であったり、温和で内省的な人達で
ある事が多い。
もっとも始まりが精神的な恋愛感情で、それからセックスへの衝動と至るのが「自然」
である事は、普通の男女とて、全く同じことなのである。
だから単なる性欲の満足だけを求めてセックスなど続ければ、ろくなことにならない。
いわんや性欲の目でしか異性を見ない男性(あるいは女性)なんぞは、そもそもここに
書かれたようなマニュアルを読む資格もなく、それを実行する資格もないのである。

▲メンタル体のセックス

さて次に、抱擁しあっても「わざと」衣服すらも脱がないようにすると、
やがて、胸の中枢同士すらも接触ができない不満を生じて、
とうとう二人は首や頭のチャクラを合一しようとして、男性の眉間から女性の眉間へと、
まるでユニコーンの角が伸びるように光の男根が入り込む。
この時の合一の次元は第4身体(メンタル体)のものになる。

お互いの頭や顔をこすりつける愛撫は、このレベルでの合一願望から発生している。
一般的にも、男性が女性の首すじや耳の中や、おでこや髪の毛に愛撫をするのは、
この次元での合一を深めるためなのである。
また、女性がキスが上手な男性を好むのは、この次元での合一の欲求のためである。

この時に女性は、頭の中がクラクラとして、平衡感覚が揺らぎ、現実感を喪失する。
セックスを通じての「気絶」あるいは「自我の死」に似たものは、
このレベルから上でなければ起きない。
なお、このレベルのセックスによって自分の個性への執着は希薄になるが、
自分の「意識の存在感覚」までは、まだ失われない。

このレベルでのセックスを好む女性は眼光が強いような精神集中力のある男性を好む。
この第4身体レベルでの満足感に至るのに必要な時間は、わずか2分半前後である。
ただし普通は2分あたりから全身での抱擁への衝動へと欲望が走ってしまうだろう。
あえてそれを、あくまでも頭だけの交流に留めると、この次元での満足が起きる。


また、やや霊的な話で申し訳ないが、幽体離脱での交合の遊び、あるいは仏教で言うと
ころの天人同士の交合は「手を数秒間触れ合うだけで至福感に至る」というのが、この
レベルの事である。こうした霊的な次元での強いエクスタシーを経験した者は、肉体の
次元のセックスや、気の次元のセックスを、あまりにも薄っぺらなものに感じるように
なる。
たとえば、俗に言う『健康法』としての房中術などは、まったくもってして男性本位の
エゴの産物、あるいは女性本位のエゴの産物であり、ダンテス・ダイジが言ったように
「異性に対するカルマ」を残すことになる。
むろん、そうした房中術には健康を害するような間違った性生活への警告が指摘されて
いるので大切な参考になる事も多いのは事実だ。だが基本的には性の問題はあくまでも
性の問題として完結させるべきであり、健康のために他人の心身を利用してはならない。

●スピリチュアル体のセックス

最後に、服を着たままで、さらに50センチほど離れたところに二人で座ると、
もはや、合一への願望は頭頂部のチャクラから出た光線で行おうとしはじめる。
第5身体での合一感覚は一言に言えば、相手や外界をも感じることのない、
いわば「完全に主観的とも言える自己満足」あるいは「閉じた至福感」である。

この次元では、女性は、もはや相手と自分の区別はつかず、自分が個であるという感覚
も希薄になってしまう。そして、最終的には、存在感すらも喪失する。
このレベルの合一を好む女性は、はっきり言ってしまえば悟った男性を好む事になる。

なお、このレベルでの合一に必要な時間は『ゼロ秒』である。
逆に言えば、もしも、ほんの僅かでも合一感に時間がかかったら合一は不可能となる。
これは『一瞬』で起こらなければ、合一にはならない。
このレベルは、もはや男女や動物や自然との合一の次元に限る事ではなく、
導師と弟子の合一、あるいは別の次元の意識体との交流をも含んでくるものになる。

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

では、具体的にどうすればいいか???

  1. :ピストン運動を極力せずに、挿入状態だけに留める。(満足までは4O分必要)
  2. :挿入を抜いて、胸同士をこすり合う抱擁に留める。(満足までは10分必要)
  3. :服を着て、キスをしたり頭や顔をこすり合わせる。(満足までは約3分必要)
  4. :離れた所で触れずに向き合ってお互いに心を向けるだけにする。(無時間)
    これらを、ひとつずつ、必ず1から4の順で着実に試すことである。
    全部を通して行うと、最低でも約1時間必要になる。

◎これらの技法の基本原理は、通常のエネルギーの出口をわざと塞ぐことで、
エネルギーが出口を求めて「別の出口」(この場合には上のレベルの出口)の次元に
ジャンプしてしまう事を利用している。
ただし普通の肉欲はこれに反して、上の出口(精神的な接触)では満足できずに次から
次へと下のレベルへと落ちていって性交、そして生理的なオーガズムへと移行する。

【ちなみに、もしも抑圧された欲望が、最も下位の性センターよりもさらに下の次元の
出口に飛び火した場合には、おそらくイラだち・行動中毒・発作的暴力や言葉づかい・
物品破壊・さらには殺人という形を取る事もあるだろう】。

・・・・・・・・・・・

エーテル体交合

/まず男性は十分に全身へのペッティングやクンニリングスで女性への前戯を行うこ
と。20分から30分は前戯が必要である。そしてその後に挿入をする。

ただし、男性は射精はしてはならないし、女性もオーガズムに至らないようにする。
最初は、男性の射精、あるいは女性のオーガズム痙攣のない合一は、物足りないと感じ
ることだろう。しかし続けるうちに、やがては単純に生理的なオーガズムにこだわるよ
りも、長い合一時間を楽しむ中に「別の種類の満足感」が感じられてくるだろう。

ここでのポイントは男女ともに性器に意識をおくのではなく、下腹同士でのエネルギー
の交流を心掛けることである。お互いの下腹同士をくっつけて深い呼吸で下腹部を膨ら
ませたり、ひっこめたりするとよい。あたかも下腹に性器があるかのようにである。
これをしないでただ挿入をしたまま、じっとしていても、やがては男女ともオーガズム
への欲望に支配されて、そのまま普通のセックスになってしまうだろう。

下腹での交流を40分以上続ける。そしてもしも生理的なオーガズムや射精をしようと
焦るのが「つまらない」と感じるようになれば、「しめたもの」である。
やがては射精やオーガズムなしにセックスを終了しても心が満たされるようになる。
もしもどうしても射精やオーガズムで締めくくらないと気が済まないうちは、
まだこのレベルの合一が足りないという事である。

アストラル体交合

/次に挿入をしばらく我慢して、10分ほど全裸で抱擁だけをしていると、
胸での合一感を要求するようになる。
ただし注意することは、この時には、男性は女性の全身へのペッティングや普通の前戯
を決して行ってはならない事である。
もしも普通の前戯を行うと、レベルが前のレベルに戻ってしまう。
だから、お互いの胸同士を強く押し付けて、ひたすら胸と胸の真ん中を一体にしようと
イメージするのである。あたかもお互いの胸に性器があるかのようにである。

そして、この胸での交流を10分以上行ったあとで、
試しに挿入をしてみたとき、かえって情熱が冷めてしまって「もったいない」と感じら
れるようになったら「しめたもの」である。
やがては、最後まで挿入しないままでも満足を味わうことが出来るようになる。
もしもどうしても挿入しないと気が済まないのであれば、まだ合一が不十分である。

***補足***
以下の説明は、「万人に共通したものではない」という事をお断りの上で述べるが、
胸同士での一体化が「うまくいっているか、いっていないか?」の判定方法がある。

それは、この第3身体での交流のあとで、男性が女性の膣の粘液の味をみることである。
もしもこのとき女性の粘液が『ほのかに甘い味』がしたら、第3身体での交合がうまく
いったことになる。

万人に共通のことではないと言ったのは微量でもアルコールを飲んでいたり、あるいは
何かの病理や体調が悪い時には、不純物が交ざるからである。
しかし通常の健康な身体の女性であれば、多くの場合には、膣粘液の成分が変わり、
結果として少し甘い味になるだろう。

こうした瞑想プロセスで純度が精製された女性粘液を「甘露(アムリタ)」と称して珍重
する流派もあるほどである。たしかに、それは普通の肉欲によって分泌された粘液とは
違うようである。
味の判定が男性に出来ない場合は、女性が自分の手につけて、通常のセックス時のそれ
と味を比較してみればよい。
おそらく、通常のセックスでは女性粘液は「無味」か、もしくは僅かな塩味がしている
はずである。

ただし、言うまでもなく、セックスの前に入浴で性器を清潔にしてからでないと、
この微妙な判定が出来ないのは当たり前の事である。

メンタル体交合


:さて、服を着たままでの抱擁もまた、激しく愛情や欲望が燃えることが多々あるの
は、誰しもが経験しているはずである。

そこで、普通ならば何とかして早く全裸になりたいところをしばらく我慢して抱擁して
いると、やがては男女は頭同士をからめる行為や、キスや首へのペッティングなどが増
えて来るだろう。そのままそれを3分以上続ける。

ここでの注意は、服を着たままでも決して『全身的な抱擁をしないこと』である。
つまり、お互いの足をからめてはならないし、
また胸もなるべく、くっつけてはならない。なるべく頭・顔・首までの接触に留める。

ただし両手は触れ合ってもよいし、手で相手の頭をかかえてもよい。そしてあたかも頭
や額の中央や頭頂部に性器があるかのように頭部や顔を接し合うのである。

その後でためしに全身で抱擁しあうと「しらけた」感じがしたら「しめたもの」である。
やがては、最後まで頭を中心として抱擁で精神的な満足を感じるようにもなるだろう。
もしもどうしても全身で接触しないと気が済まないのであれば合一は不足である。

スピリチュアル体交合

:この段階はかなり高度だが、もし二人が服を着たままで、さらに触れ合うのすらを
も我慢してみる。距離を離して座っていて、そこで瞬時に合一感が生ずるならばOKで
ある。
このときの二人の距離は『手を伸ばすと相手の肩に掌が乗る』ぐらいの近距離である。
拳法の「間合い」の距離だと思えばよい。

そうしたら試しに実際に触れあってみて、もしも、実際に手やからだに触れ合うと、
その合一感が「邪魔される」ように感じたら「しめたもの」である。
つまり、これがいわゆる俗に言う「手もつながず、ただ一緒にいるだけで幸福である」
という、「恋愛の初期」に我々が経験するレベルなのである。

つまり、より上の純度の高い次元での合一に満足できるようになれば、
やがては、性への依存、異性への依存、他人や導師への依存を完全に超える事になる。

・・・・・・・・・・・・・

ただし、セックスの満足は、
絶対に低い次元から順にクリアーすること。

冒頭で言ったようにこの技法は、いずれの場合も『意識的にわざと』、
「出さない、入れない、脱がない、触れない」が原則である。

したがって、単なる性的機能障害や心理的障害で「射精やオーガズムに至れないから、
この究極の方法でやろう」とか「持続力がないから、この究極の方法でやろう」だの
「早漏ぎみだからこの究極の方法でやろう」というような事は絶対してはならない。

これらは肉体のレベルのオーガズムがちゃんと出来た上でやるべきことであり、
「肉体レベルの満足が出来ないから上でやる」、というような「代用品ではない」し、
肉体でのセックスが出来ない事の言い訳の道具ではない事を忘れないでいただきたい。

・・・・・・・・・

いわゆる精神世界や瞑想の経験者や、そうした知識ばかりをかじった者の中には、肉体
の満足もろくに出来ないのに(あるいは肉体の満足が出来ないからこそなのだろうが)
高望みや理想化ばかりして、気の交流だの、霊的合一だの、精神的合一ゴッコに走ろう
とする者がウヨウヨしている。

しかし、そういう者は、結局最後まで肉体的なセックスの不満にとり憑かれたままだ。
いわゆる瞑想センターなどの関係者には精神的なセックスについて、さもわかったよう
な事を言いながら、結局は一番低い次元の肉体の不満を押し隠しているような者が、
なんとも実に多いのである。

・・・・・・・・・

だから、『完全タントラマニュアル』のような『肉体面だけの技術』によって、
まずは男女が「肉体の生理的なオーガズム」を実現する事から始めるべきである。

物理的なオーガズムに充分な満足がなされた後でしか、
瞑想的なオーガズムは効力を持たないからだ。

1998  1/19  鈴木方斬